網走監獄襲撃編の公開発表を機に、実写版『ゴールデンカムイ』の“馬シーン”を振り返る

2026年3月、『ゴールデンカムイ 網走監獄襲撃編』が公開されることが発表された。前作から2年、途中にWOWOWでのドラマ版を挟み、再びスクリーンに帰ってくる。発表を聞いて第2弾への期待が膨らむが、ここで一度立ち止まり、まずは前作(第1弾)の“馬シーン”を振り返っておきたい。なぜなら実写映画『ゴールデンカムイ』は、原作における馬の描写を丁寧に再現しており、そのリスペクトぶりが際立っていたからだ。

実写とVFXの巧みな使い分け

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当然といえば当然かもしれないが、ヒグマやオオカミのレタラはすべてVFX(実写だったら怖すぎ)*1、馬については実写とVFXのシーンが混在している。馬や人にとって危険があるシーンについてはVFXだけれども、そうでないシーンはできるだけ実写という方針だったのではないかと思う。

私の見立てでは、少なくとも以下のシーンは基本的に実写であると考えている。

  • 囚人を運ぶ馬
  • 街中で荷を曳く馬
  • 軍人たちが乗る馬
  • 土方歳三が乗る馬

なお、俳優の舘ひろしさんは乗馬を特技としているが、銀行から刀を奪った土方歳三が馬に乗って、(馬が)後ろ足で立ち上がるシーンについてはCGであるとインタビューで語っている。クライマックスの「馬橇のシーン」では、実写の部分もあるが、途中VFXの部分も多々あったようだ。そのほか、VFXが確実なのは、最後にアシリパさんの放つ矢で鶴見中尉が乗ったが馬が射られてしまうシーンである。

本作の動物に関するデジタルの表現は非常にリアルでわくわくする。興味のある人はぜひメイキングを見てほしい。ただ馬について個人的な気持ちを述べると、映画は馬の活躍の場にもなるので、危険を伴わないシーンについては今後も実写を希望したいところである。

馬を働かせることを是としない考えもあるかもしれないが、人間と共に生きる場所がなくなってしまえば家畜としての馬も地球上から消えてしまうからだ。まぁこれも私のエゴかもしれないのだが。

"原作リスペクト"なホースコーディネート

原作は、馬の登場シーンも非常に凝っているゴールデンカムイ。実写映画でも荷馬車を曳くのに適した体格のよい馬(在来馬系、ばん馬系など)、軍馬に適した体形の馬といったように、原作同様、馬の使い分けがされていた。馬のキャスティングについても強い原作リスペクトが感じられる。

アニメ版のゴールデンカムイは初期の頃しか見ていないが、残念ながらどの馬も同じような感じで描かれており、馬好きとしては少し物足りなかった。もっとも、本作は馬がメインの作品ではないので、制作コストを考慮すればそれは十分理解できるし、実写版でも同じようなかたちで統一されても仕方ないと思っていた。しかし、本作では馬好きとしても原作ファンとしても満足できる馬のシーンが数多く含まれていた。

馬橇(そり)の細部にもこだわりが見える

原作て使われていた橇の模型(帯広競馬場 馬の資料館にて筆者撮影)

本作の印象的なシーンといえば、馬橇のチェイスシーンだろう。原作では3巻に描かれており、小樽と札幌の間が舞台となっている。野田サトル先生は時代背景を考慮し『札幌型(柴巻馬橇)』をモデルに橇を描いていた可能性が高い。

札幌型は黒田清隆がロシア人をお雇い外国人として日本に招き、伝えられた馬橇の一つで、当時札幌と小樽の間を往復していた橇である。

しかし、劇場ではスピード感がすごくて(褒めている)細部を確認できなかった。そこで今回、Netflixで配信されているものを「再生速度0.5倍」にして改めて観察した。すると、橇の前方にあるカーブの形が極めて札幌型に近いものになっており、「ここも原作に忠実か!」と感動した。

(馬の草鞋/馬の博物館にて 筆者撮影)

また、原作では鶴見中尉が「馬が必要だ」と小樽の街で馬を借りて杉元を乗せた馬橇を追いかける展開となっている。その際、軍馬ではないため馬はまだ草鞋(わらじ)を履いていた。

しかし映画ではこのシーンがカットされており、鶴見中尉の馬は軍馬という設定になっている(あるいは草鞋の採用が難しかったため、設定を変更したか)と考えられる。そのためか、馬は草鞋ではなく蹄鉄を履いているように見える。ここまでの制作チームのこだわりを見るに、これは草鞋を見逃したわけではなく、整合性を加味しての判断ではないだろうか。軍の馬ならこの時期にもう蹄鉄を履いていてもおかしくない。

馬シーンを支える、縁の下の力持ち

総括すると、第1弾の実写映画『ゴールデンカムイ』では、VFXと実馬の見事な融合によって原作への敬意が表現され、馬のシーンが作品の魅力のひとつとなっていることが分かる。

この実写部分の成功を陰で支えたのは、普段は脚光を浴びない撮影馬のプロたちだ。ホースコーディネーターの辻井啓伺氏は『新解釈・三国志』や『キングダム2』でも手腕を発揮し、自身のスタントチーム「HORSE TEAM Gocoo」の馬たち、スタッフたちと共に本作の臨場感を高めた。

またエンドロールに記された数多くの馬のプロフェッショナル—コーディネーター補佐、トレーナー、橇調教師、スタントマンたち—の存在が、この作品の馬シーンのクオリティを物語っている。映画に出演できるレベルまで馬を調教するには時間と労力が必要だ。こうした縁の下の力持ちの情熱と技術があってこそ、『ゴールデンカムイ』の世界観が説得力を持って観客の前に広がったのである。

 

<参考文献・サイト>

・文明開化うま物語-根岸競馬と居留地外国人-(早坂昇治/有隣新書)1996年
・馬たちの33章(早坂昇治/緑書房)1989年・秋季特別展「鞍上にて駆ける近代 御料馬・主馬寮・天覧競馬」図録(馬の博物館)2021年
日本陸軍における騎兵の役割の変化と継承(樋口俊作/防衛研究所)2022年

明治初期におけるロシア型馬橇の導入について - 函館日ロ交流史研究会 | 函館日ロ交流史研究会

動物や雪の描写など、原作の世界観をVFXで見事に再現! 映画『ゴールデンカムイ』 | VFXアナトミー

「ゴールデンカムイ」完成報告会見 | TOPICS詳細 | 東宝株式会社

【インタビュー】舘ひろし×玉木宏、『ゴールデンカムイ』「日本映画もここまで来た」 2ページ目 | ORICON NEWS

 

 

*1:ビジュアルエフェクト。実写映像にCGなどで合成・加工を施し、現実には撮影できないシーンや存在しないものを視覚的に表現する技術