ばん馬は重いソリや馬車を引いても大丈夫?物理が苦手な文系ライターがAIと一緒に考える

ばんえい競馬や馬車などを引く重種馬は、確かにたくましい体をしているが、なぜあんなに重いソリや車が引けるのだろうか。

私のような高校物理で赤点を取っていた人間は、「馬が1000kgの荷物を運ぶ」と聞くと、なんとなく「1000kgを持ち上げる力」を想像してしまう。しかし実際には、もっとずっと小さな力で済むようである。今回は、苦手な物理の計算部分をAIに頼りつつ、どうにか頑張ってまとめてみようと思っている。

誰かに監修してもらったわけではなく、内容に自信があるわけではない(クライアントワークだったらこの記事は納品しない…笑)ので、もしおかしなところがあれば、有識者の方にぜひご指摘いただきたい。

ばん馬が重いソリを引ける理由

ばんえい競馬のソリ(筆者撮影)
持ち上げる力と引く力の違い

まず重要なのは、「持ち上げる」と「引く」では必要な力が大きく異なるという点だ。1000kgの荷物を地面から持ち上げようとすれば、重力に逆らって1000kgf(キログラム重)もの力が必要になる。

しかし、ソリで地面を滑らせる場合は、重力に逆らう必要がなく、摩擦力に打ち勝つだけでよい。これは人間でも同じで、重い家具を持ち上げることはできなくても、床を引きずって動かすことはできたりする。

馬も同様に、この物理法則を利用して、見た目よりも少ない力で重い荷物を運ぶことができると考えられる。

摩擦係数と必要な力

さて、張り切ってばんえい競馬の場合について考えてみよう!と意気込んだが初手から躓いた。ばんえい競馬の砂地での摩擦係数はわからないらしい。論文なども存しないようである。(もしかしたら馬券に絡んでしまうからかもしれない)。

摩擦係数とは、物体の滑りやすさを示す値。馬場の水分量など環境によってかなり左右されるので、なかなかにややこしいようである。

…というわけで今からする計算はchatGPTに「あなたがばんえい競馬の良馬場の摩擦係数を仮置きするとしたらどうしますか?」と聞いた数値で行うことにする。

回答はこうだった。

「良馬場(標準的なやや湿った砂・好タイムが出やすい状態)」の代表値としては μ ≒ 0.4 を仮置き、現場条件を考慮しておおむね 0.25–0.6 のレンジで扱うのが実務的です。

chatGPTが、この数値を出すにいたった理由も詳細に教えてくれたのだが、難しくなるので省略し、先に進むことにしよう。

摩擦係数0.4という仮置きの数値と実際の馬場にはズレがあるかもしれないが、ひとまず今回はこれで計算していきたい。

またソリの重さは最大級のレースで1000kgに達するが、一般的なレースでは500〜700kgの範囲で設定される場合が多いので、ここでは700kgのソリを引く想定でAIに計算してもらった。

必要な力 = 荷物の重さ × 摩擦係数 = 700kg × 0.4(平均的な値)= 280kgf

※ kgf(キログラム重)は日常的な「重さ」の感覚に近い単位である。物理学では正式にはN(ニュートン)という単位を使うが(1kgf ≒ 9.8N)、この記事ではイメージしやすさを優先してkgfを使用する。厳密には「質量 × 重力加速度 × 摩擦係数」で計算されるが、ここでは簡略化。

つまり、700kgのソリを引くのに必要な力は約280kgf程度となる。これは持ち上げる場合の約40%の力で済むということだ。では、仮に体重1000kgの馬がこのソリを引く場合、どれくらいの力を出せばよいのか。それも計算してみた。

必要な力 = 280kgf ÷ 馬の体重 1000kg = 0.28 = 28%

馬は自分の体重の28%の力を出せば、引くことができる計算になる。人間でたとえるなら、体重60kgの人が18kgの荷物を床の上で引くようなものだ。こう考えると、体重1000kgのばん馬なら、短距離であれば比較的余裕を持って引けるような気がしてくる。

実際に、ばんえい競馬のコースは一般的な競馬と異なり200mしかない。長距離では時間もかかるし、馬にも負担がかかるためこの距離なのだろう。しかし、そうなってくると馬がやや余裕をもってゴールしてしまいレースとしては物足りない…?ということで、設置されているのが見せ場となる2つの障害(山)なのではないだろうか。

障害(山)での必要な力

ばんえい競馬のコース(筆者撮影)

ばんえい競馬のコースには、障害(山)が2つ設置されている。この山を越えるとき、馬は水平方向の力だけでなく、荷物を持ち上げる力も必要になる。最も高い障害は1.6m。700kgのソリを1.6mの高さまで引き上げる場合、重力に逆らう成分が加わるため、必要な力は大幅に増加する。

傾斜については過去の資料を参考に15度と仮定し、計算すると以下のようになった。

必要な力 = (荷物の重さ × sin15°) + (荷物の重さ × cos15° × 摩擦係数) = (700kg × 0.259) + (700kg × 0.966 × 0.4) ≒ 181kg + 270kg = 451kgf 

(高校を卒業してから初めてサインコサインに遭遇した気がする)

つまり、平地では280kgf程度だった必要な力が、山を登るときには約450kgfにまで跳ね上がる。体重1000kg前後の重種馬にとって、自分の体重の40~50%にあたる力だ。
たとえば、体重60kgの人が25kgの荷物を引っ張るのと同じくらいの負荷になる。重めの家具を引いて移動するようなものだろうか。
そのため、ばん馬は坂の手前でいったん立ち止まり、全身に力をためてから一気に駆け上がるのだ。この「踏ん張り」がばんえい競馬最大の見せ場となっている。

ばんえい競馬の障害(筆者撮影)

今回は一般的なレース相当の700kgのソリとしてみたが、最大で1000kgの重量になることもある。15度の坂でこの重量を引くには、およそ650kgfの力が必要だ。これは体重1000kgのばん馬にとって、体重の60%を超える負荷となる。人間にたとえれば、体重60kgの人が40kgの荷物を坂道で引き上げるようなものだ。まさに全身の筋肉を総動員して挑む瞬間である。

調べてみると、ばん馬などの荷馬は持久力に優れた遅筋の割合が高く、長時間にわたって力を発揮し続けることができるという(一次情報ではなかったが)サイエンス記事があった。一方、サラブレッドなどの競走馬は瞬発力に優れた速筋が多く、短距離を速く走ることに特化している。この筋肉の違いが、ばん馬が重量物を牽引できる理由のひとつと考えられるかもしれない。

車輪の発明がもたらした変化

馬車を引くばん馬(筆者撮影)
車輪の効果

馬車のように車輪を使う場合、摩擦はばんえい競馬のコース比べてさらに小さくなる。 ソリは地面を「滑らせる」ため、砂との間に大きな摩擦が生じる。一方、車輪は地面を「転がる」ため、接地面が非常に小さく、摩擦がほとんど発生しない。

イメージとしては、重い箱を床で引きずるのと、台車に乗せて転がすのとの違いだ。 この「転がり抵抗」は摩擦係数でいうと0.01〜0.015程度。仮の数値ではあるが、ばんえい競馬の砂地(0.4)と比べると30分の1以下である。つまり、同じ700kgの荷物でも、車輪を使えば7〜10.5kgfの力で引けることになる。これが車輪という発明の偉大さである。

ただし、馬車自体の重量や路面状況、坂道などの要因があるため、実用的には数t〜10t程度が現実的な範囲とされているようだ。また、車輪を使った運搬は長距離にわたる移動を前提とするため、馬の持久力も考慮する必要がある。

それでもばんえい競馬のソリを引く場合と比べて、遥かに大きな重量を、より少ない負担で運搬できることがわかる。

物理法則から見た馬の力

このように、馬が重い荷物を引けるのは、「引く」という行為が「持ち上げる」よりもはるかに少ない力で済むからである。摩擦や転がり抵抗という物理法則のおかげで、見た目よりもずっと効率的に重量物を運搬できることがわかった。

ばんえい競馬や馬車を見て「馬が重い荷物を引かされて可哀想」と感じる方もいるかもしれない。自然と湧き上がってきた感情を、否定するつもりはない。可哀想と感じるラインは人それぞれ違うからだ。

しかし物理的に見れば(仮とした数値に大きなズレがなければ)、馬が平地で荷物を引く際に必要な力は体重の30%程度に収まっている。障害を登る際にはもっと力が必要になるが、これは短時間での話だ。そう考えると、馬への物理的負担は、想像より小さいと感じる人も出てくるかもしれない。

ばん馬とのふれあい(筆者撮影)

とはいえ、馬に負担がかかることは事実でもある。適切な管理が不可欠であることは言うまでもなく、それはソリの重さに限った話ではない。実際、過去には悲しいニュースが報道されたこともあった。

現在、ばんえい競馬では獣医師による健康管理の徹底など、馬の福祉に配慮した様々な取り組みが進められている。

馬の体の特性を理解し、動物福祉に配慮した適切な管理のもとで行われるなら、ばんえい競馬はも馬車も、馬と人が共に築いてきた文化としてこれからも継承されていってほしい。今後も科学的根拠に基づいた馬の健康管理と、伝統文化の保存が両立していくことを願っている。

 

※記事中の写真は以前、帯広競馬場ばんえい競馬)のバックヤードツアーに参加し、許可をいただいた上で撮影したものです。

 

<参考文献>

教育開発出版 新中学問題集理科3年

ばんえい競馬における第2障害の登板運動の画像解析と共創成績に影響を及ぼす要因について(2002年北畜会報)

“Horse muscles: built for speed and endurance” (Sanoanimal) 

ばんえい競馬公式サイトより「ばんえい競馬の華 騎手のテクニック」