くるくるヒップスに魅せられて。科博「大絶滅展」で出会ったウマの進化

11月1日(土)から上野にある国立科学博物館「大絶滅展-生命史のビッグファイブ」という特別展がはじまった。

科博の特別展は人気があり、開幕直後はかなり混雑するため、もう少し時間を置いてから見に行くつもりだったのだが……。そうも言っていられない事情ができてしまった。

SNSを通じて、特別展のオリジナルグッズ「くるくるヒップス」の存在を知ってしまったからである。

画期的アイテム「くるくるヒップス」とウマ科の進化

くるくるヒップスは一見、可愛らしくデフォルメされた始新世のウマ科、シフルヒップスのぬいぐるみに過ぎない。

しかし驚くべきことに、お腹のジッパーを開けてひっくり返すとメソヒップスに進化し、さらにもう一度ひっくり返すとメリキップスになるという。馬クラスタであり、ぬいぐるみ好きの自分としてはたまらない。正直、ここまで刺さったミュージアムグッズは初めてかもしれない。

まだ開幕して間もないので、仕組み(右上)はネタバレかなと思い一先ず自粛。

1回ならまだしも、2回ひっくり返すなんてことができるのか。どういう仕組みなのか。とにかく画期的すぎる。これは少し混雑が緩和されてから……なんて悠長なことを言っていたら売り切れてしまうかもしれない。

そんなことを思い、開幕3日目に訪れることにした。

追記)11月9日に、欠品のアナウンスがあった模様。もともと予定を変更して3連休のうちに行った自分をほめたい。

「大絶滅」と「ウマ科の進化」の関係

大絶滅展より「メリキップスの骨格標本(レプリカ)」

大絶滅展より「メリキップスの骨格標本(レプリカ)」

実は、くるくるヒップス以外にも気になることがあった。

それは、今回の特別展のテーマ「大絶滅展」の中で、ウマ科の生物の進化は一体どのような位置付けで展示されているのだろう、どんな意味を持っているのだろう、ということである。

「大絶滅」というキーワードとウマ科の進化の歴史がどのように交わるのか。

大絶滅展は、生命史のなかで起きた5つの大量絶滅(ビッグファイブ)に迫る特別展だ。大絶滅というと世界の終わりのようなイメージがあるが、大量絶滅が新たなニッチを生み出し、新しい生態系の誕生につながったことを示すポジティブさを含んだ内容になっている。

会場内は以下のEPISODE 1〜6のセクションに分かれていた。

EPISODE 1 O-S境界 オルドビス紀シルル紀 海の環境の多様化 約4億4400万年前

EPISODE 2 F-F境界 デボン紀後期(フラニアン) ― デボン紀後期(ファメニアン) 陸上生態系の発展 約3億8000万年前~約3億6000万年前

EPISODE 3 P-T境界 ペルム紀三畳紀前期 史上最大の絶滅 約2億5200万年前

EPISODE 4 T-J境界 三畳紀後期 ― ジュラ紀 恐竜の時代への大変革 約2億100万年前

EPISODE 5 K-Pg境界 白亜紀 ― 古第三紀 中生代の終焉 約6600万年前

EPISODE 6 新生代に起きた生物の多様化

ウマ科の進化についての展示があるのは、最後のEPISODE 6のセクションだ。

それはビッグファイブの後の世界。

大量絶滅のなかった新生代にはどのようなことが起こったのか。生き物の多様な環境がどうやって形づくられてきたかを、化石で辿るセクションである。

植物食哺乳類の大型化。その典型例がウマ科

パネルに書かれていた解説によれば、K-Pg境界後の世界、新生代は「哺乳類の時代」と呼ばれている。暁新世から始新世にかけて、現生哺乳類の主要な目が出揃ったらしい。

ビッグファイブ級の大絶滅は起こらなかったものの、地球全体で寒冷化・乾燥化が進むと、低〜中緯度地域に分布していた森林は段階的に縮小し、草原へと置き換わっていった時期である。

そして多くの植物食哺乳類が大型化していった。ウマ科の進化はその典型例として骨格標本のレプリカ(一部実物)が展示されている。

激混みであった(写真右上)

盛況すぎて、残念ながら展示の全体像を正面から撮ることができなかったが、縦位置の写真の手前からシフルヒップス(Sifrhippus)→メソヒップス(Mesohippus)→メリキップス(Merychippus)→エクウス(Equus、現生のウマ)…とウマ科の進化の過程における代表的な属が並び、大型化の傾向がよくわかると思う。

今回が(一般向け)日本デビュー*1ともいえるシフルヒップスは以下の特徴からの抜擢されたようだった。

最古のウマ科の一種。小型犬ほどの大きさで、約5500万年前に起こった急激な温暖化の影響で体重が6kgから30%近く減少したことで知られる(キャプションから引用)

シフルヒップスからエクウス(現代のウマ)までの進化の過程については、大型化についてだけでなく、歯冠の高さや蹄の変化の解説もされている。これも草原の拡大に関係しているもので、とても面白い。ぜひ、皆さん現地で確認していただきたい。

指の数の変化に注目

このように、草原の拡大という地球環境の変化、そして動物と植物の絶え間ない関わりを経て、いま私たちが知る生態系が形づくられてきたということが分かる。それがEPISODE 6の展示だった。

くるくるヒップスは“かわいい”だけでは語れない

握手…ではなく指の数を確認している

ここまで読んでいただけば、冒頭に登場した「くるくるヒップス」に、なぜ私のテンションが爆上がりなのか、もうおわかりかと思う。

くるくるヒップスは、かわいいだけでなく、前述の地球規模の変化と進化のストーリーを、誰もが手に取って感じられる形にした画期的なアイテムなのである。

シフルヒップスからメソヒップス、そしてメリキップスへ。ぬいぐるみをひっくり返すことで、数千万年にわたるウマ科の進化の大きな流れを直感的に、楽しくたどることができる。

そして、手に取るたびに、変わりゆく環境のなかで多様に進化してきた生命の歴史を思い出すことができる、素晴らしいぬいぐるみだ。

分野は違えど、私は企画の仕事をすることが多い。そのせいもあるかもしれないが、くるくるヒップスには本当に感動させられた。

企画した人、仕組みを実現した人、名付けた人。とにかく関わった全ての方に敬意を表したい、そんな気持ちになったミュージアムグッズだった。

 

*1:シフルヒップスに日本デビューとエオヒップスとの関係については、別途記事化を予定している