
秋分の日は、世田谷区の馬事公苑に足を運ぶと、普段はなかなか触れることのない「馬」とじかに出会える催しが開かれている。それが「愛馬の日」である。
愛馬の日には、伝統馬事芸能や乗馬体験、そして馬と人との歴史を伝える数々のプログラムが展開され、毎年多くの人が馬の魅力に触れてきたが、東京オリンピック2020のための馬事公苑改修の関係で、昨年(2024年)は実に8年ぶりの開催となった。
私は以前から「愛馬の日」という名称がどことなく古風(嫌いじゃないよっ)だなと思っていたのだが、改めてなぜ「愛馬の日」なのか調べてみると、その背景には日本と馬の長い関わりが横たわっていた。
愛馬の日の発端は明治時代にさかのぼる

Unknown author, Public domain, 1939,Wikimedia.commons
明治37年(1904年)4月7日。日露戦争のさなか、明治天皇が「馬の改良をすすめよ」と命じた馬事勅諚。その日を記念して1939年、政府は「愛馬の日」を制定した。
当時は軍馬の行進、講話、優秀な馬の表彰など国民に軍馬の価値を刷り込む行事だった。農村の馬も非常時には軍馬に転用される時代。そのために、飼い方を誤らず健康に、大切に育ててくれというわけだ。
かつては農村で馬が雑に扱われることもあったようで、1939年の愛馬の日に触れた雑誌を眺めていると「動物愛護」という言葉が登場する。一方で、その隣には「馬は兵器だ、育てよ、愛せ」といったスローガンが並んでいて、なんとも複雑な気持ちになる。
余談だが、昭和8年には、愛馬の日に現在の日本通運が「輓馬大行進」を行ったという記録もあって興味深い。思いがけず、当時の馬による物流についても知ることができた。
しかし時代が変わり、高度経済成長を経て馬の活躍の場は失われ、自然と4月7日の愛馬の日は廃れていく。
1968年、JRAによって「愛馬の日」が復活

けれども20年余りを経た1968年、日本中央競馬会(JRA)が再び「愛馬の日」を復活させた。
もはや馬は人々の生活の主役ではなくなっていたが、馬と人との関わりを改めて示すイベント、動物愛護週間(9月20日から26日)の一環として生まれ変わった。そのため日付も4月7日ではなく、秋分の日に設定された。
個人的には、1964年の東京オリンピックで馬事公苑が馬術競技の会場となったことも、少なからず影響しているのではないかと思う。
冒頭でも触れたけれど、愛馬の日には、馬事公苑でイベントが開催される。疾走する馬上から矢を放つ流鏑馬。武士の装束をまとった母衣引。馬に乗って毬を打ち合う打毬。普段はなかなかお目にかかれない時代絵巻の一場面が再現される。

また乗馬体験や、馬を支える職業の紹介、厩務員や装蹄の仕事を目の前で見る機会も用意される。前職では、馬に関わる方々を取材してきたこともあり、そういった職業についても理解を深められる場となっているのは単純にうれしい。
今年、2025年も秋分の日に開催される「愛馬の日」
そして今年、2025年。秋分の日の9月23日には「第50回 愛馬の日」が予定されている。
朝から夕方まで、丸一日馬と人の関わりを体感できるイベントだ。例年通りの伝統芸能に加え、馬事文化を広く伝える展示やショーも組み込まれている。私はといえば、その日は残念ながら仕事の予定があるのだが...なんとか片づけて、午後からでも駆けつけたいと思っている。
<参考文献・資料>
●『写真週報』(59),情報局,1939-04.
●『運送之日本』21(4),運送之日本社,1943-04.
●『日本馬事会雑誌』2(4),日本馬事会,1943-04.
●https://www.jra.go.jp/facilities/bajikouen/pdf/about.pdf