
馬に乗ったことがある方なら、泥や水が跳ねて服が汚れた経験があるかもしれない。そんな問題を解決するために、古来より馬具には「障泥(あおり)」と呼ばれる装備が存在した。
馬具としての障泥(あおり)の歴史

障泥は、騎乗時に馬が走ることで巻き上げる泥や水しぶきから騎乗者を守るための馬具だ。日本に朝鮮半島から馬が伝わったのは古墳時代といわれている。東京国立博物館を訪れたところ、その頃に作られた、皆さんおなじみ(?)の「馬形埴輪」にもすでに障泥が装備されていることが確認できた。それくらい昔からある馬具である。

明治時代に入るとヨーロッパから実用的な革製鞍が輸入され普及するが、江戸時代末期まではさまざまな装飾がなされた障泥が使われていたようである。ちなみにヨーロッパの革製鞍にも「あおり革」とよばれる部分があるが、こちらは鞍と一体型の構造で前述の障泥とは役割が異なる。

伝統的な馬具とイカの意外な関係
さて、この「障泥」と私たちがよく知る「イカ」には、どのような関係があるのか。
もうお気づきかもしれないが、私たちが美味しくいただいたり水族館で愛でている「アオリイカ(漢字で書くと障泥烏賊)」の名前の由来は、この馬具の「あおり」だといわれている。(諸説あり)
アオリイカの特徴的な大きなヒレが、馬の脇腹に垂れ下がる泥障に似ているというわけだ。
海の生き物にはあまり明るくないのだが、アオリイカはヤリイカ科アオリイカ属に分類され、日本各地の沿岸に生息するイカらしい。
その最大の特徴は、体の両側に広がる大きな「ヒレ」で、泳ぐときの推進力として使っている。このヒレが波打つように動く様子が、馬の走りによって揺れ動く障泥に似ていることから、「アオリイカ」と呼ばれるようになったといわれている。
揺れ動くのは障泥か、それとも厚総か?
アオリイカという呼び名がいつから使われるようになったのか正確にはわからないが、文献で確認できるところだと『本草綱目啓蒙』という江戸時代の百科事典のようなものに「アヲリイカ」という記載が登場する。
......そんなわけで、江戸時代を中心さまざまな障泥の資料を眺めてみてみるが、その多くが革や木で作られていて固そうであり、あまり「揺れ動く」イメージはあまりわかない。むしろ個人的には、厚く垂らした飾り紐「厚総(あつぶさ)」の方が、揺れるという点ではしっくりくる気がする。
厚総とは、面繋(おもがい)・胸繋(むながい)・尻繋(しりがい)などに付けられる房飾りで、装飾だけでなく馬体を保護する役割も持っていた。時代劇『暴れん坊将軍』のオープニング映像を見ると、その揺れ具合がわかりやすい。
飾馬だとこれよりもさらに厚総が豪華なことが多いので、もっと滑らかに揺れるのではないかと思う。もしかすると、厚総の揺れる姿も含めて「障泥」と結び付けられていたのかもしれない。
また、障泥の素材は時代や地域、持ち主の身分によっても異なっていた可能性がある。韓国の遺物に見られる土製の馬具では、障泥が翻っているように表現されているし、資料によっては日本の武士の馬装でも障泥がヒラヒラとした布のように描かれているものもある。そういったものがあったのであれば、障泥が単体で揺れ動くイメージが誤りともいえない。

この世でいちばん美しい障泥(かもしれない)

アオリイカのヒレは優雅に波打つだけでなく、時に驚くほど美しい色に変化する。皮膚には「色素胞」と呼ばれる細胞が並んでおり、赤・黄・褐色の色素を持つ小さな袋が筋肉の動きによって広がったり縮んだりすることで、体色が変化するらしい。状況や感情に応じてヒレの縁が赤や紫に変わることもあるという。
人間が生み出した障泥にも、時代ごとに多様な意匠や美しさがある。しかし、自然が生み出したアオリイカのヒレの色彩と優雅な動きには、目を奪われる。だってめちゃくちゃ美しい。特段イカ好きというわけでもなかったけれど、思わず絵を描きたくなってしまって描いたのが上のイラストである。アオリイカの持つ障泥は、「この世でいちばん美しい障泥」と呼ぶにふさわしいかもしれない。
<参考文献>
近世アジアの皮革 3.日本の武具と馬具(元北海道大学農学研究科 竹之内一昭)
近世アジアの皮革 4.日本の武具と馬具(元北海道大学農学研究科 竹之内一昭)
一瞬で変身!イカの色変化と擬態の秘密 | あき水産魚活部公式ブログ
佐久考古通信 No118(発行:2020.4.20 佐久考古学会)
市制45周年記念特別展「馬たてまつる-埴輪からおまんと競馬まで-」(高浜市やきものの里かわら美術館