
先月、上野の国立科学博物館(以下、科博)で開催中の特別展「大絶滅展—生命史のビッグファイブ」で、これまでに見たことがないミュージアムグッズ「くるくるヒップス」を入手した。
一見すると可愛らしくデフォルメされた始新世初期の小型のウマ科、シフルヒップスのぬいぐるみ。だが、お腹のファスナーを開けてひっくり返すとメソヒップスに進化し、さらにもう一度ひっくり返すとメリキップスになる。画期的ミュージアムグッズだ。


実物を手にした私はうれしくなり、SNSでもその素晴らしさを度々つぶやいていた。
すると「大絶滅展」関係者の皆さんのご厚意で、くるくるヒップスの開発者にインタビューをさせていただけることになった。つぶやいてみるものである。(もうこれは、本当に感謝しかない……!)
- 馬には詳しくないけれど、競馬ブームを身近に感じていた
- 「2回ひっくり返せたら面白い」という直感
- 最大の難関「ひっくり返しやすさ」との戦い
- 細部にもこだわった学術性と愛らしさの両立
- こだわりの詰まったぬいぐるみと共に、大絶滅展の思い出を
馬には詳しくないけれど、競馬ブームを身近に感じていた
「くるくるヒップス」を開発したのは、TBSグロウディア・イベント商品開発部の木村光栄さん。科博の特別展グッズの企画に15年にわたって携わり、6〜7年前からはぬいぐるみなど立体物の制作も手がけてきた。
ウマの進化については「全然知らなかった」という木村さんだが、馬とは個人的な縁がある。

「競馬場の近くに住んでいて、母も競馬場で働いていたんです。僕が中学生の頃はちょうど競馬ブームの時期で。車の中とかUFOキャッチャーとか、世の中のいたるところにオグリキャップやトウカイテイオーのぬいぐるみがいました。馬に詳しいわけではないですけど、馬のぬいぐるみには愛着がありますね」(木村さん)
今回のぬいぐるみはまったく別の姿になりましたが…と笑う木村さん。競馬に縁があったと聞いて、なんだか勝手にうれしくなる。
「2回ひっくり返せたら面白い」という直感
「最初に(特別展の)企画書をいただいたとき、環境の変化によるウマ科の進化について書かれていて。シフルヒップス、メソヒップス、メリキップスという3つの名前が出てきたんです。その瞬間、『2回ひっくり返して、三段階の進化を見せられたら面白い』と思いました」(木村さん)
できるかどうかはわからなかったが、直感的にそう思ったのだという。あまりに発想が鮮やかで、思わずうなってしまった。
実は木村さんには、過去に進化や変化をテーマにしたぬいぐるみを手がけた実績があった。科博の特別展「海 —生命のみなもと—」では丸木舟からハイパードルフィン(無人探査機)へ、特別展「大哺乳類展3」では鯨偶蹄目の多様性を表現したイルカからキリンへと変わるぬいぐるみなどを担当している。ただし、これらはいずれも1回ひっくり返す仕様だった。

ぬいぐるみの制作は、まず資料上で三面図などのデザインを詰めていく必要がある。デザイン案を本展監修の木村由莉先生に見てもらい、アップデートしながら配色や形状を決めていった。
木村先生は国立科学博物館の研究員。哺乳類化石が専門で、今回の展示でウマ科の進化についても担当している。

残念ながら記事内でお見せすることはできないが、初期のデザインと最終的なアウトプットでは鼻先の色が違ったり、足や耳の長さが違ったりしていて、試行錯誤の跡が垣間見えた。
また、化石からは毛色を知ることができないため、色や模様はある程度の推測と監修者の好みが反映されるという。
最大の難関「ひっくり返しやすさ」との戦い
案の定、くるくるヒップスの開発で最も苦労したのは、「ひっくり返しやすさ」だった。
「ひっくり返すぬいぐるみって、ひっくり返すのが難しいんです。だから、どうやったらひっくり返しやすいのかを一番考えました」(木村さん)
プロトタイプは3回ほど制作した。1回目はおおまかな形を確認する段階で、刺繍などの細部はまだ入れず、全体の方向性を見るためのもの。問題が起きたのは2回目のサンプルだった。
「(お腹の部分が)パンパンになりすぎちゃって、ひっくり返すのにめちゃくちゃ時間がかかるものができてしまったんです。ファスナーの位置を変えてみる、幅を大きくしてみる。メーカーと検討を重ねましたが、なかなか解決策が見つからなくて…。途中で一度諦めようと思いました(笑)。やっぱりひっくり返すのは1回にしようと、実際に監修の木村由莉先生にもご相談しましたね」(木村さん)

くるくるヒップスにこんな危機があったとは!3段階から2段階へ。企画の根幹を揺るがす変更である。それでは、メソヒップスが幻の存在になってしまう。
しかし、先生からは意外な答えが返ってきた。
「『ひっくり返しづらくなっちゃう可能性もあるんですが、3段階で行きましょう!チャレンジしましょう!』みたいな感じで言ってくださって」(木村さん)
納期的にも量産のデッドラインが迫る中、こうしてチームは2回ひっくり返すことを選んだ。
メーカーとのやり取りの中で、さまざまな試行錯誤が続けられた。綿の量を減らしてみたり、体のサイズを小さくしてみたり。どれも決定打にはならなかったが、「頭を小さくしたらどうか」という案が、最終的なブレイクスルーとなった。

「顔が大きいとどうしても綿がパンパンに入ってしまって、ひっくり返しにくくなる。顔のサイズを調整することで、全体のバランスも取れました」(木村さん)
こうして、ようやく納得のいく仕上がりになった。2回ひっくり返せる、もしかしたら世界初かもしれない(?)ぬいぐるみ完成の兆しが見えてきた。
細部にもこだわった学術性と愛らしさの両立
今回の取材には、国立科学博物館とともに「大絶滅展」を主催する読売新聞社・文化事業部の担当者Nさんにも同席いただいた。Nさんは開発の全過程を見守ってきた。
「この2回ひっくり返すというコンセプトを監修の木村先生がとても面白がってくださって。ある程度のデフォルメは許容していただきつつ、こだわるところはこだわりながら、ぬいぐるみとしての可愛らしさも大切にしながら見ていただきましたね」とNさん。
ただし、学術的に重要なポイントへの妥協はない。特にこだわったのが指の数の変化だ。ウマ科の進化では、指が減っていくのが大きな特徴。現在のウマの蹄は、かつての指の名残なのである。

「シフルヒップスの前肢には3本線が入っていて、ひっくり返したときには2本線になっています。そこは表現したいとおっしゃっていました」(Nさん)
また、体型や目の位置など細かい点にもこだわった。Nさんはその調整の様子をこう振り返る。

「最初のシフルヒップスは『うりぼう』のような丸い体型。そこから徐々に馬らしい体型へと変化していくようにフィードバックがありました。また目はシフルヒップスの段階では大きく正面に。進化するにつれ離れて小さくなり、ウマ面っぽくなっていきます」(Nさん)
今回の展示でも草原が広がっていき、ウマ科の生息環境が変わるにつれて、ウマ面っぽくなっていくという進化の流れが描かれている。一方で、グッズ開発の視点では、まず「シフルヒップスの状態で可愛く、飾りたくなるように」という方針があった。
学術的な監修の指示を上手く昇華し、可愛らしさにつなげていくことで、学びと愛らしさを両立した。
木村先生の好みも反映し、シフルヒップスの「うりぼう」っぽい雰囲気もうまく表現されている。こうして、2回ひっくり返せる画期的なぬいぐるみ『くるくるヒップス』が誕生した。
こだわりの詰まったぬいぐるみと共に、大絶滅展の思い出を

最後に、木村さんとNさんにこれから「大絶滅展」を訪れる方へのメッセージをいただいた。
「シフルヒップスだけではなく、他のぬいぐるみにもいえることですが、監修者の先生たちがこだわりにこだわりを貫いたぬいぐるみができていると思います。こんなにたくさんの種類がある展覧会はなかなかないので、ぜひ展示とあわせて手に取っていただけたら」(木村さん)
「(進行の関係上)復元画や復元模型などの展示物とグッズがバラバラに作られてしまうことって、実は多いんです。でも今回は、監修の先生方が展示と一緒に楽しめるようなデザインにしたいとこだわってくださって。展示を見たあとに、思い出をそのまま一緒に持って帰れるようなかたちになっているのもポイントです」(Nさん)
「大絶滅展—生命史のビッグファイブ」は2026年2月23日まで開催中。展示でウマ科の進化をたどった後は、ぜひミュージアムショップでくるくるヒップスを手に取り、皆さんにも大絶滅展の思い出を一緒に連れて帰っていただきたい。
※各商品の在庫には限りがあります。在庫状況は展覧会公式Xにて随時発信しています。
\科博・大絶滅展は夜間も開館!/
※大絶滅展は12月5日(金)以降の毎週金・土曜日は19時まで夜間開館も実施中。(2026年1月2日(金)、3日(土)を除く。入館は18時30分まで)
※常設展示は17時まで開館(入館は16時30分まで)となります。