
Netflixで配信中の『Polo』は、知られざるスポーツ=ポロを題材にしたドキュメンタリーシリーズだ。古代ペルシャや中央アジアを起源に持つといわれ、19世紀にインドやイギリスを経てアルゼンチンに根づいたこの競技は、現在では富裕層や王室の社交場としての性格を強く帯びている。アルゼンチンが競技水準・馬の育成・選手層の厚さで世界をリードする一方、イギリスやアメリカでは「上流階級の象徴」として語られることが多い。本作は2024年のUSオープンを中心にした作品である。
- 批判も受け止めつつ異文化として楽しむ
- ドキュメンタリー映像でしかわからない競技の細部
- ふたりのレジェンド「ナチョ・フィゲラス」と「アドルフォ・カンビアッソ」
- 作品の構成や演出に物申すとしたら?
- 楽しめるかどうかは、見る人の眺め方による
批判も受け止めつつ異文化として楽しむ

この作品は、日本ではまったく話題になっていないものの、欧米諸国ではヘンリー王子とメーガン妃が企画・制作したことで注目を集めた。二人はチャリティ活動の一環としてもポロに関わっており、「競技を広く知ってもらいたい」という思いが企画の背景にあったようだ。シリーズ中でもヘンリー王子本人が登場し、実際にプレーする姿や大会での交流が映し出される。
もっとも、公開後の海外での評価は相当に厳しいものだった。「金持ちの道楽を見せられている」「馬が大切にされていないように映る」「ストーリー性に乏しく退屈」といった声が相次いだのだ。確かに作品としての完成度には改善の余地があるように思う。だが日本人の私にとっては、「金持ち云々…」の批判がそれほど強く響かなかった。ポロの文化そのものが生活実感から遠すぎるため、豪華さも嫌悪感ではなく「異世界をのぞき見る面白さ」に変換されてしまった。ときどき「このままゴシップガールでもはじまるのではないか…?」などと思いながら見進めた。
ドキュメンタリー映像でしかわからない競技の細部
また、私はこれまでポロについて本で読んだ知識やYouTubeで見られる試合から学べる程度の知識しか持っていなかった。しかしこの作品では、試合中のスピード感や、チームの構成、ハンディキャップ(選手の実力を示すランク)のレベル差、選手の年齢層や経済格差、さらには大会の格式まで、文字情報では捉え切れない雰囲気を味わうことができた。
USオープンは、全米で最も権威ある大会。ハンディキャップによる調整で構成され、出場チームの資金力や選手層によって勝敗が大きく左右される。こうした背景を知るだけでも作品を観た価値があった。また、ハンディキャップの高い選手ほど冷静で感情的にならない傾向があるのも印象的だった。技術や戦術眼だけでなく、精神的な安定もハンディキャップ評価に含まれているのではないかと感じた。
ふたりのレジェンド「ナチョ・フィゲラス」と「アドルフォ・カンビアッソ」
作中には、ポロのレジェンドとしてナチョ・フィゲラスが度々登場する。ナチョはポロに疎い私でもInstagramをフォローしているくらい有名なアルゼンチンのポロ選手である。本作では引退した選手のように見える出演の仕方だったが、彼も現役選手であり現在のハンディキャップは「6」だ。モデルとしても世界的に有名で、ラルフローレンの広告塔を務めるなど「ポロの顔」として競技の普及に大きく貢献してきた。後で調べて驚いたのだが、実際にドラマ「ゴシップガール」にも本人役で出演している。

しかし実力という意味では、本作でUSオープンにも出場しているアドルフォ・カンビアッソが圧倒的に上と考えられる。カンビアッソは長年にわたりハンディキャップ最高評価「10」を維持し、育成馬の改良やクラブ運営を通じて競技そのものを進化させた人物。ナチョが「広めた人」だとすれば、カンビアッソは「築いた人」といえるかもしれない。この二人が出演している点も見てよかったと思った理由の1つである。
作品の構成や演出に物申すとしたら?
確かに、海外の皆さんが言う通り、作品の構成や演出が洗練されているとは言えないかもしれない。全5話を通してキーパーソンを定めきらず、何人もの関係者が座ったインタビュー形式で何度も登場する構成は、単調で退屈になりがちだ。(アクセントとしてインタビューが差し込まれるのならいいが、そうではなかった。)
例えば、前述のアドルフォ・カンビアッソは作品の舞台となるUSオープンの決勝で、実の息子ポロト・カンビアッソと対決することになる。ポロトはまだ若い選手だが、父アドルフォが作った記録を打ち破るなど、父を超える存在へと成長していく最中だ。この親子にぐっと焦点を定めるだけでも面白いドキュメンタリーになったのではないか。もちろん1話ごとに主人公が変わってもいい。
また選手の妻や恋人たちが頻繁に登場するものの、彼女たちがないがしろにされ振り回されているような印象が強く、選手の自己中心的な側面が目立つ演出となっている点も気になった。さらに、この作品の最大の弱点は馬へのフォーカスが薄いことだ。馬の名前や特徴、チーム編成はまったく触れられず、馬と選手の関係性も取り上げられていない。何も描かれていないゆえに「馬を道具のように扱っている」という批判については意見をのべる材料がない。

選手それぞれが馬を労ったり愛でたりする場面は、実は最終話の後半に登場するのだが、残念ながら最後まで視聴した人は少ないだろう。該当のシーンを見ると、選手と馬の間には映像に撮られなかった絆があったりするのでは?と感じさせる部分もあるのだが……。仮にそうだとしたら、馬が消耗する激しいスポーツだからこそ、馬へのケアや普段の関係性なども伝えるべきだった。馬を大切に思いながらポロをやっている、このドキュメンタリーに登場しない各国のプレイヤーのためにも。
楽しめるかどうかは、見る人の眺め方による
『Polo』は海外の人々が指摘するように改善の余地がある作品だが、遠い世界の文化や価値観を知る窓口として十分に楽しめる要素があった。何度も言うが、個人的にはカンビアッソ親子の姿が印象的で、素人目に見ても、その技術レベルは他選手と段違いであった。要はかっこよかった。
海外での酷評とは対照的に、日本人にとっては物理的、心理的な距離があるからこそ楽しめる貴族的な文化や、文字だけでは伝わりにくいポロの世界観を知るには価値がある作品であるとも思う。お金持ちの道楽としてネガティブな気持ちで眺めるか、異文化体験としてポジティブに眺めるか—それは見る人それぞれの視点次第だろう。