
国立公文書館をご存じだろうか。
国立公文書館は、国の行政機関などから移管された、歴史資料として重要な公文書を保存・管理している独立行政法人の施設である。
午年である今年、国立公文書館では第3回企画「馬とまつりごと――神事と武芸からみる馬の日本史――」が開催されている。

大陸から伝来して以降、馬はさまざまな場面で日本人の生活や信仰、政治と深く関わってきた。本企画展では、国立公文書館の所蔵資料をもとに、馬を神に奉げた記録や、武芸、馬具に関する史料などが紹介されている。
展示の中には、「牧(まき)」に関する資料も含まれていた。
事あるごとに登場してきた牧
日本の馬の歴史にまつわる本を読んでいると、事あるごとに登場するのが「牧」である。
まるで誰も知っている前提知識であるかのように、牧という言葉は当たり前のように使われる。たとえ、それが一般向けの書籍であってもだ。
だが、その定義や具体像が丁寧に説明されることはほとんどなく、私は「昔の牧場のような場所」程度のかなりぼんやりとしたイメージのままいつも読み進めていた。いつも少しモヤモヤしながら。
今回の企画展は、1室で完結するコンパクトな展示ながら、キャプションの文章が非常にわかりやすい。展示を追っていくうちに、それまで断片的に頭の中に蓄積されていた知識が、具体的なイメージと結びついていく感じがした。
この企画展を通して、私の中で「牧」の解像度がぐっと上がったように思う。
朝廷はどのようにして馬を調達したか
朝廷で執り行われる行事の中には、馬を必要とする場面が多々あったと考えられる。そうすると、各行事のタイミングで馬を確実に調達しなければいけなかったはずである。
つまり、日頃から安定して馬を飼育・管理する仕組みが欠かせない。展示によれば、その役割を担っていたのが、牧という「放牧場」だったという。
もちろん、朝廷の行事に用いる馬を確保するための牧も設けられていた。
本企画展では朝廷の牧のはじまりを知ることができる資料として『続日本紀』を取り上げている。

この続日本紀の中に「諸国定牧地放牛馬」という記述がある。これは「諸国に牧地を定めて牛馬を放つ」という意味で、律令制国家において牧の制度が確立したことを示すという。
法令により、細かく管理されていた牧

さらに、厩や牧に関する法令として「厩牧令(きゅうぼくりょう)」の存在も紹介されていた。受験生の時に覚えた記憶のある「令集解」に、その解説が記されているらしい。
そこには、馬のランク付けや1つの牧に配備する監督者の人数や牧の牛馬が死亡した場合の対処なども細かく定められている。
正直なところ、私が思い描いていた牧は、もっと大らかで、ゆるやかなものだった。だが実際には、牧は人によって厳密に管理された場所であった。
牧における馬の繁殖と生産
牧では安定した馬の供給ができるように、繁殖と生産についても人が介入していたようだ。それを示す資料として展示されていたのが「肥前州産物図考」である。

この資料は、江戸時代に肥前国(現在の佐賀県)にあった馬渡島(まだらじま)の、藩直営の牧の様子を描いたものだ。そこには、年に一度、放牧していた馬を捕獲する「駒捕(こまとり)」という行事や、馬市の光景が描かれている。
図中には毎年2月に馬を集め、種付けを行っていたことが記述されていた。捉えた牡馬と牝馬は専用の囲いに数日間入れられて、交配の時を待ったようである。
これらの描写から、牧は単に馬を放しておく場所ではなく、繁殖の時期や方法まで管理された、生産の場でもあったことがうかがえる。
※ちなみにキャプションによれば、牧のシステムは時代や地域にかかわらず、おおよそ似たような形だったと考えられている
平和の世には、牧で鹿狩
もうひとつ印象に残ったのが、下総国小金原(現在の千葉県松戸市付近)にあった、江戸幕府の牧に関する資料だ。
ここは8代将軍・徳川吉宗が大規模な鹿狩を行った場所なのだという。大規模も大規模で、なんとこの鹿狩には2万人を超える幕臣が動員された。
話が少し逸れるが、以前、東京国立博物館で江戸時代の和鞍の展示を見たことがある。平和な時代に作られた鞍というのは、戦乱の世の実用品とは異なり、華美な装飾が施される傾向があるという。戦がなくなり、馬具に時間と技をかけられるようになったからだ。

この鹿狩もまた、徳川の世が安定し、実戦の機会が失われていった時代のものだ。馬術や武芸が衰退することを防ぐために行われていた。
解説によれば、馬術や武芸の衰退を、吉宗は武家政権である幕府の威信にかかわると考えたそうだ。

なお、その様子は「大狩盛典(たいしゅせいてん)」という、歴代将軍の狩猟を記録した資料にまとめられている。
馬の管理から狩猟、儀礼に至るまで、これほど多様な公文書が残されていることにも、あらためて驚かされた。
「牧」は、まつりごとを支える風景だった

今回の企画展を見て、私の「牧」に対するイメージは大きくアップデートされた。
どこかぼんやりしていて、なんとなくの感覚でしか捉えられていなかった牧。それが展示を通して、単なる放牧地ではなく、馬を「生み、育て、管理し、使う」ための、極めて制度的で計画的な場だったことが見えてきた。
朝廷の行事を支える牧があり、繁殖や生産を担う牧があり、平和な時代には、武芸や馬術を保つための場としての牧もあった。
牧は常に「まつりごと」と結びつきながら存在してきたのだと思う。
展示を見終えた今、「牧」という言葉は、以前のように曖昧なものではなくなった。具体的な風景として思い浮かぶようになっている。
◇◇◇
なお、今回足を運んだ国立公文書館は、私にとって初めて訪れる場所でもあった。
公文書というと少し身構えてしまうが、思っていたよりずっと親しみやすい空間だった。
ここで触れた内容は、この企画展のほんの一部にすぎない。実際には牧以外の展示もたくさんある。企画展は2月21日(土)まで開催されているので、気になった方はぜひ実際に足を運んでみてほしい。